[movie] ザ・ブリザード
クレイグ・ギレスピー監督、クリス・パイン主演の、1950年代のアメリカを舞台とする(また!)、実話に基づく(また!!)、生きて帰る系(また!!!)の海難救助ムービーです。まぁ「生きて帰る系」とは言いつつ、実際の劇中では「必ず生きて帰る約束」をするシーンはなくて、そこは幾分、見直したのですが。(予告編にはあったと思うんですが、記憶の錯綜なのか、それとも最近時々見かける「予告編専用クリップ」なのか判然としなくなってますが)
さて、主演クリス・パインということなんですが、実際にはこの映画で一番輝いているのはケイシー・アフレックである気がします。ケイシーといえば、「自分で勝手につけたキャッチコピーTop10」に燦然と輝いている「安定の不安定感」で個人的にお馴染みなのですが、今作ではその不安定感がレベルアップによって「不穏感」にクラスチェンジしているような趣があります。予告編でも「断固として生き延びるために暴風雨吹き荒れる甲板の上でクルーに説教をする」というシーンで、手を腰に当てたその拳の位置の高さが際立っていた彼ですが(あと声の高さ)、本編ではそれを遥かに超える「ゆで卵を剥く」シーンが強烈な異彩を放っています。何でゆで卵を持っていて、何であんなに時間をかけて剥いていくのか。脚本なのか監督なのか彼のアドリブなのか分かりませんが、暴風雨や途方もない高さの大波よりも遥かに迫力があります。
しかし惜しむらくは、全編にわたって蔓延している「締まらなさ」というか。ディズニーがディザスター・ムービーを作ろうとするとどうしてもこうならざるを得ないのかもしれませんが、絵にも音にも演技にもセリフにも殺意が感じられないんですね。細かく上げるとキリがないんですが、予告編で散々「定員12名の小型救助船で、残された32人を救うべく〜」と煽っていたので、そこは結構期待していたのですが、解決策は何と「とりあえず無理やり全員載せる」という。まぁ実話に基づいている以上、事実に忠実に従っただけなのかもしれませんが、そこを事実から逸れずにやるなら別に予告編で煽る必要はないと思うんですね。劇中では定員12名に対してクリス・パイン演じるバーニーとその部下の間で「無理に載せるなら何人までだ!」「22名です!」みたいなやりとりまでやるんですが、22名に対して32名+隊員まで載せることのプロット上の取り扱いは一切ないという。葛藤も対立もないし、沈みそうになるわけでもなく、操船が困難になるわけでもなく。まぁゆで卵とかそういうところにパワーを割いた結果、プロットに手を入れる余力が残らなかったのかもしれません。事実からはみ出すと怒る人もいるのかもしれないし。
あと、わざわざエリック・バナまで擁して描いている沿岸警備隊の新任の隊長とか、風邪引いて同行できない同僚とか、かつて助けることのできなかった犠牲者の弟とか、ヒロインとの馴れ初めとか、何というかこうネジが緩んで、進みながらも軋んで揺れる感じが何とも歯がゆいというか。まぁ、ヒロインについてはエンド・クレジットでの「実際の本人たち」の画像で何となく納得したのでそれはまぁ数に入れなくてもいいんですが。
折れたタンカーとか「わざと座礁させる」とか舵を仕立て上げるとか、潮のうねりのために嵐の海面下で形を変え続ける砂洲とかコンパスなくなるとか車のライトとか、もう少し加点できるポイントがいくつか(いくつも)あるだけに、総じて「惜しい」という感想になってしまう映画はではあります。
ただ、冒頭に書いたように、ケイシー・アフレック演じる航海士シーバートは実にいい味が出ていました。『白鯨との戦い』もそうでしたが、こういう映画は、航海士がピシッとしているとそれだけで沈まずに済むような気がするわけですが、キリアン・マーフィーについてはもう何も心配ないので、ケイシー・アフレックの方はこれを踏み台にしてどんどんメジャー・タイトルに進出していってほしいと思います。
しかしまぁ、『ザ・ブリザード』というタイトルの割に、そのブリザードに存在感というか脅威が感じにくいのは本当にどうなのかなぁ。『白鯨〜』のみならず、今年は『X-ミッション』という「狂乱の大海原」映像をメガ盛りにした作品があるので、ちょっとそこで見劣りするのは辛い気がします。冬の海の雪嵐なのに、「体温」に響かないんですよねぇ。何というか、6月頃に中学生がみんなでずぶ濡れになってプール掃除をしているくらいの温度感なので初夏に公開していれば相対的に『ザ・ブリザード』という感もあったのかもしれませんが。とはいえ原題『The Finest Hours』でも、本編にあまりFinest感がないのでタイトルは悩ましいところです。『ケイシー・アンド・ボイルド・エッグ・オン・ザ・ウォーター』でどうだろうか。