[movie] マネー・ショート 華麗なる大逆転

The Big Short2007年代から2010年ごろにかけて、世界を大きく揺るがせたサブプライム・ローン破綻の裏で、その危機を予見し、「世界が崩壊する方に自分の人生を賭けた」勝負師たちの一世一代の「空売り(ショート)」を描くアダム・マッケイ監督作品です。で、この「勝負師たち」を演じているメンツがまた、クリスチャン・ベール、スティーブ・カレル、ライアン・ゴズリングなどなど非常に濃厚なメンツが集まっているわけですが。 高度に発達した為替取引は詐欺と区別がつかない、と誰かが言ったかどうかは知りませんが、今作はテーマが「デリバティブ」または「金融派生商品」なので、この「高度に発達した詐欺」(ちがう)についてある程度理解がないと何を言っているのか、という話になるわけですが、今作は「第四の壁」を超えて観客に「何が起きているのか」を説明するシーンを節目節目で挟んでくる親切設計になっています。この部分はある意味、作品の「クセ」の強さに繋がっているのですが、そういう意味ではそもそも出てくるのが強度の曲者ばかりなので、全体としての統一感は取れているということかもしれません。

特にアンガー・マネジメントのセッションに遅刻というか乱入してきて好きなだけ喚き散らした挙句、かかってきた電話に答えて退出していくスティーブ・カレル演じるマーク・バウム、医大出身という異色の経歴を持つクリスチャン・ベール演じるマイケル・バーリの二人はキャラクターの造形もそれをスクリーンに立ち上げる演技力も際立っています。(クリスチャン・ベールはこの演技でアカデミー助演男優賞にノミネート)

ちなみに、この映画にはサブプライム崩壊に対して「ショート」に賭けた、以下の3組の投資家が出てくるんですが、

  • マイケル・バーリ(クリスチャン・ベール)
  • マーク・バウム+ジャレッド・ベネット組(スティーブ・カレル+ライアン・ゴズリング)
  • チャーリー・ゲラー+ベン・リッカート組(ジョン・マガロ+ブラッド・ピット)

3組目のジョン・マガロも他のビッグネームに対して演技でもけっこう頑張っています。不幸なことに同じ組に出資者である伝説の相場師的な位置付けでブラッド・ピットが入っているために、ポスター含めプロモーション上は完全に透明になってしまっています。彼はこのところ『キャロル』や『ザ・ブリザード』でも頑張っていたので今後、ぐんぐん伸びてくるのかもしれません。なかなかいい感じのメガネくんなのでぜひこれから台頭してきて欲しいところです。

 

さて、この作品はクリスチャン・ベールの助演男優賞の他、今回のアカデミー賞では作品賞と脚色賞にノミネートされており、脚色賞では個人的には非常に素晴らしかったと思っている『キャロル』『オデッセイ』を押さえて見事に栄冠に輝いています。原作はMichael Lewisの『The Big Short: Inside the Doomsday Machine』で、日本では翻訳版『世紀の空売り―世界経済の破綻に賭けた男たち (文春文庫)』が売られているんですが、今回のこの映画の作られ方をみるに、やはり題材である「サブプライム・ローンの崩壊」という経済上の一大クライシスそのものに対する視点そのものの比重が大きいのではないかと想像しています。

劇中のクライマックス、いよいよサブプライム崩壊が始まり、のちにリーマン・ショックと呼ばれた大事件が発生するにいたって、自分の目論見が完全に当たり、あとはショート・ポジションを換金するばかり、となったスティーブ・カレル演じるマーク・バウムがビルの屋上で電話ごしの会話をするシーンは、『フォックスキャッチャー』での素晴らしい演技を思い起こさせる濃密な名演なのですが、映画全体としては、前述の第四の壁を軽く超えてくる作品のトーンも踏まえると、その重い人間性(とその演技)の方向に特化しているという感じはなくて、現代社会の大きな枠組みや流れと、その中で卓越した先見性を持った何人かの「個人」が、その優れた「眼力」ゆえに見えてしまう「現実」と、それに対して自分がどうするかという「判断」と、そしてまた一周戻ってそういう個別のあれこれを巻き込みつつもとどまることなく、やはり変わらず轟々と流れていく濁流のような現代社会と、といった感じで、映画の枠の中にいろんなものを対立的・対照的に並べてみせる捉え方、提示の仕方をしている感があります。

監督・脚本のアダム・マッケイ(※脚本はチャーリーズ・ランドルフと共同)は『アントマン』の脚本でもなかなか素晴らしいバランス感を発揮していたと思うんですが、監督としての作風もそういう「複数要素のバランス」というところにあるのかもしれません。何にせよ、どのあたりが『キャロル』や『オデッセイ』の脚色より優れているのか、というところを見極めるためには、原作を読んでみる必要があります。(もちろん「アカデミー賞」なので、読んでもわからないかもしれないわけですが)

 

原作については今後の課題として、とりあえず、ライアン・ゴズリングってこんな(いい意味で)軽薄な感じだっけ、という感じでした。とにかく『オンリー・ゴッド』の印象が強すぎる。