[movie] マジカル・ガール

ちらほらと聞くともなく耳にしていた限りでは、日本の漫画やアニメの大ファンであることを広く自認しているカルロス・ベルムト監督の作品で、『魔法少女まどか☆マギカ』とか『美少女戦士セーラームーン』とかに影響を受けて、みたいな話だったので、ほうほう、スペインの監督がまどマギにオマージュねぇ、ふむふむお手並み拝見、みたいな浮ついた姿勢で観に行ったわけですが、いやまぁ、何というか致命的な心得違いでした。今から観るという人は心して観に行ってください。この先は読まずに。

そもそも「魔法少女」が出てくる「ダークファンタジー」じゃなくて、どちらかというと「魔性の女」が出てくる「フィルム・ノワール」です。まぁフィルム・ノワールは言い過ぎかもしれませんが、明らかにジャンルはそっちで、のこのことステッキを振り回す少女を観に行ったら密売人から入手した拳銃で撃たれて死ぬ羽目になります。

せめて監督がインタビューに答えて

私はスペインの観客に『マジカル・ガール』というタイトルで、何かをわかってほしいとは思っていませんでした。でも日本でなら「魔法少女」という言葉だけで、みなさんの頭の中に具体的な存在がいっぱい浮かぶでしょう? そこにはすごく期待しています(笑)。

と言っていることを知っていれば! 特にこの最後の(笑)を知ってさえいれば!!

しかしこの予期せぬ不意打ちは(予期してない方が悪いわけですが)実にいい方向に転じていて、映画を観て死にかけるなどというのは人生の至福のうちのひとつに違いなく、その絶好のチャンスに際して正確かつ精密に弾丸を急所に撃ち込んできた監督の手腕は見事です。完全なるヘッドショットというか。

まぁある意味、日本側配給の広報にまんまとしてやられて足をすくわれた感はあるのですが、しかしながら監督が日本の文化を愛してやまないと言っているのはおそらく間違いないところで、作品のモチーフとしては魔法少女だけではなくてもうひとつ飛びっきり濃厚な日本独自の要素が取り込まれています。

実は作品中、「トカゲの部屋」なるものが出てきていて、頭の後ろの方で何かさわさわとくすぐられるのを感じていたんですが、エンディング・クレジットに出てきたひとつの名前ですべてが繋がりました。

Akihiro Miwa

美輪明宏―――黒蜥蜴です。(※出演されているわけではありません。念のため)

そして、そうなると当然ながらそれは、さらに暗い奥底の方で、江戸川乱歩という地下水脈に繋がっているわけです。謎めいたお屋敷の中、黒い蜥蜴の絵が飾られたドアの向こう。劇中、ドアが開いてもさらにカーテンがあって奥を垣間見ることすら観客には許されないその部屋の向こうは、「あちら」なわけです。

そういう豊かな暗闇に繋がったファム・ファタールが、かつては「魔法少女」であり、そして今はれっきとした魔女となって、自分自身の魂の願いを追い求めた結果、二人の男が破滅する、そしてその破滅した男の一方にはもうひとり、魂の願いを抱いた魔法少女がいた、という、もはや要素の組み合わせだけで致死レベルの非常に危険な作品でした。こんなもの、心構えもなしに観に行くなんて自殺行為以外の何物でもありません。

その上に、キャスト陣の演技は子役のルシア・ポランも含めて冴え渡っていて、それを撮影監督のサンチアゴ・ラカハが、シンプルに研ぎ澄まされた、非常に美しい映像で捉えています。監督本人もどうやらフィルム・ノワールという言葉を使っているようなので安心してそのジャンルで捉えることができるわけですが、それにしても、病のために13歳の誕生日を迎えられるかもわからない無垢な少女の、ほんとうに罪のない「願い」から始まっておいてたどり着くこの結末。

衝撃の度合いの絶対値としては「魔法少女だと思ったら美輪明宏だったーーーッ!」というくらいなんですが、まぁ美輪明宏が実際にある意味において魔法少女であることと同じくらいのレベルで、この作品も「まどマギ」にインスパイアされた、少女の魂の願いのお話である、といっても差し支えはないのでしょう。素晴らしかったです。

あと、主演男優のホセ・サクリスタンは、イアン・マッケランのように美しい鼻の持ち主なので、その点でも必見です。そういう老境の男性がスーツをかっちり着込むシーンはやはり貴いものですね。