[movie] Mr.ホームズ 名探偵最後の事件

Mr. Holmesビル・コンドン監督、イアン・マッケラン主演による、すでに現役を退いた老境のシャーロック・ホームズが記憶の彼方に遠く霞んでしまった「最後の事件」にもう一度臨む、という作品です。字幕はアンゼたかしさん。 イアン・マッケランがシャーロック・ホームズを、というだけでこちらとしては「イアン・マッケランがシャーロック・ホームズを!!」か「シャーロック・ホームズがイアン・マッケラン!!!」と書くしかなくなってしまうわけですが、その上に今回サー・マッケランが演じるのは引退間際の60代のホームズと、自分の人生の終わりを間近に感じつつ、最後にひとつ残ったままの謎に懊悩する90代のホームズで、なんというか凄まじいことになっています。

とくに後者、90代のホームズの演技というのは、90代の老人の演技とシャーロック・ホームズの演技というふたつに分解できるわけですが、この「90代の老人」の方が迫真の演技とかいうレベルではなく、結果として90代の老人がホームズを演じているように見えるんですね。観ていて「ああこんな老人に映画撮影なんて過酷なことをさせるなんて」と胸が痛くなりますし、最後の方はもう「ああ、これイアン・マッケランの遺作だ、これのシーンの撮影が終わってクランクアップでみんなが歓声をあげてるかたわらで眠るように息を引き取ったんだ…」みたいな失礼極まりない記憶の捏造が発生するレベルです。エンディングロールの後ふと我に返って、いやいやそんなことはない、まだ生きてらっしゃる、と思い直しても、それでも何となく不安になってくるレベルです。(サー・マッケランは現在76歳)

一方、劇中の現在、1947年のホームズの身の回りの世話をしている家政婦マンロー夫人の息子で、サセックスの田舎に引きこもったホームズにとっての唯一の友人であるロジャー・マンローを演じているマイロ・パーカー君(現在13歳)も素晴らしい演技をしていて、なんというかこの「老人と子供」の組み合わせは凶悪極まりないです。個人的にはイギリス映画界には、定期的に現れる名子役の系譜みたいなものがあるような気がするんですが、そうしたイギリス子役伝統の秘奥義とも呼ぶべき、しっかりした演技力と、実際に本当の子供であることの組み合わせから繰り出される、致死性の瞳の輝きと声の響きは、サー・マッケランの死に瀕した最後のきらめきと合わさって今作を安直なオマージュものとは別の次元に持ち上げているように思います。

…とはいうものの、手放しで絶賛かというとそうでもなく。

ビル・コンドン監督は『ドリーム・ガールズ』と『トワイライト・サーガ』、という印象が強いんですが、その後者の方が何となく今作に近いのかな、という。今作には原作の小説があるようで、この辺はむしろそちらの責に帰すべきところなのかもしれませんが、何ともこう、薄くて浅いというか。もしこれがホームズ物でもなく、イアン・マッケランでもなかったとしたら、あまり評価できるポイントは無いような気がします。もちろんそのふたつがある時点で一定の価値は保証されていて、そこについてはこちらもそもそも承知の上で観に行っているのですが、もう一歩踏み込んでくれていたらなぁ、という感覚はあります。

あと、これは自分が日本人であることによる特有の感想だと思うので作品の価値を定める上ではやや取扱注意であろうとは思うのですが、こちらとしてはシャーロック・ホームズが出てくる作品に対しては「英国」成分とでも呼ぶべきものを期待するわけです。そこで「日本」が出てくると逆に、最高のダージリンにカツオ風味の本だしを入れやがった!みたいな。イギリスのシャーロキアンとかはバリツとか含めて時々無責任に出てくるオリエンタル風味も是として楽しむのかもしれませんが、この辺はなかなか難しいところです。

あと、ヒロユキ・サナダの「シャーロックサン!!」が耳に残って離れない感じの映画でした。